スピノザ
Baruch de Spinoza略歴
アムステルダムのユダヤ人商人の家に生まれる。ポルトガルから逃れてきたセファルディム系ユダヤ人の家系であった。ユダヤ人学校でヘブライ語・タルムード・聖書を学んだが、ラテン語学校にも通い、デカルト哲学を含む近代思想に触れた。
1656年、24歳のとき、ユダヤ教会堂から「重大な忌まわしい悪業と誤った行為」を理由に破門された。破門の正確な理由は不明だが、スピノザの思想的逸脱が原因とされる。破門後はアムステルダム郊外、のちにレインスブルフ、フォールブルフ、ハーグと移り住み、レンズ磨きを生業としながら著作を続けた。プロイセン王フリードリヒがハイデルベルク大学教授職を打診したが、自由な思索の妨げになるとして断った。1677年、肺疾患(おそらくレンズ磨きのガラス粉塵が原因)により44歳で没した。
主要著作
- 1663年『デカルトの哲学原理』(生前刊行の唯一の著作)
- 1670年『神学政治論』(匿名刊行)
- 1677年『エチカ』(死後刊行)
- 1677年『知性改善論』『政治論』(未完、死後刊行)
『エチカ』について
スピノザの主著で、ユークリッド幾何学の形式(定義・公理・定理・証明)を用いて倫理学・形而上学・認識論・感情論を体系的に展開した著作。全5部から構成される。生前には刊行されず、死後すぐに出版された。
第1部「神について」では、実体は神すなわち自然(Deus sive Natura)ただ一つであることが論証される。個々の事物はこの唯一の実体の様態(変状)として把握される。第2部「精神の本性と起源について」では認識論が、第3〜4部では感情論・倫理学が展開され、第5部「知性の能力について」で神への知的愛という最高の自由の境地が示される。
この書に沿って「物」を定義するとすれば
スピノザにおいて、物を「それ自体によって在る実体」として捉えることはできない。実体は神ただ一つであり、物はその実体の様態——すなわち変状——にすぎない。いかなる物も神を離れては在ることも考えられることもできない。
定義文
『物とは、それ自身によって在る実体ではなく、神という唯一の実体のうちに在り神によって考えられる様態であり、神の無限の属性をそれぞれ一定の仕方で表現するものである。』
実体とは、それ自身のうちに在り、それ自身によって考えられるものである。この定義に当てはまるものは、神すなわち自然のみである。個々の物——この石、この木——はそれ自身によっては在ることができない。それらは神という実体の「様態」として、神のうちに在り、神によって考えられる。石は延長という神の属性を一定の様式で表現し、石についての観念は思惟という神の属性を一定の様式で表現する。物はこのようにして、神の本性の表現として成立する。