パルメニデス
Parmenides of Elea略歴
南イタリアの植民都市エレアに生まれ、同地で活動した。クセノファネスの思想的影響を受けたと伝えられるが、詳細は不明である。プラトンの対話篇『パルメニデス』には、晩年のパルメニデスがアテナイを訪れ、若いソクラテスと問答を交わす場面が描かれており、これが後世の伝記的理解の主要な根拠の一つとなっている。エレアにおいて政治的にも影響力をもったとされる。
エレア学派の創始者として位置づけられ、その弟子ゼノンは師の思想を擁護するために運動と多数性の不可能を示すいくつかの逆説を論じた。パルメニデスの思想は、プラトン・アリストテレスを経て西洋哲学全体に深く刻まれた。
主要著作
- 前5世紀頃『自然について』(Peri Physeos)——六脚韻詩として書かれた断片のみ現存
『自然について』について
六脚韻詩(ヘクサメトロス)の形式で書かれた哲学詩で、原文の断片がのちの哲学者の引用によって伝わっている。全体の大部分が失われており、現存するのは断片のみである。
詩は「真理の道」と「臆見の道」の二部から構成される。前半では、女神が語り手に対し、「あるものはある、ないものはない」という唯一正しい道を示す。存在は生成も消滅もなく、分割されず、動かず、完全に一つであるとされる。後半の「臆見の道」では、光と夜という二つの原理による宇宙の説明が展開されるが、これは人間の誤った見方として提示される。
西洋哲学における存在論の出発点として位置づけられる書であり、プラトン・アリストテレスから現代にいたるまで参照され続けている。
この書に沿って「物」を定義するとすれば
パルメニデスにおいて、物を定義することは、物の否定から始まる。私たちが日常に見ている多様な物——生まれ、変わり、滅びる物——は、真にあるものではない。それらは「ないものはない」という論理の前で崩れ落ちる。真にあるのはただ一つの不変の存在だけであり、多様な物の世界はそこから締め出される。
定義文
『物とは、生まれ滅び、動き、数多くあるように見えるかぎりでは、死すべき者の思いなしが描く仮象にすぎない。真にあるのは、生成も消滅もなく、分割されず、動かず、欠けるところなくただ一つに「ある」もの——その一なる存在だけであり、多様な物の世界はそこから締め出される。』
「あるものはある、ないものはない」——この命題から出発すれば、生成は不可能である。あるものが生まれるためには、以前それがなかったことが必要だが、ないものはない。消滅も同様である。したがって真にあるものは、生まれることも滅びることもない。それは分割されず、完全に同質であり、動かず、過去も未来もなく、ただ「今」にある。私たちが物と呼んでいる多様な世界は、この論理の前では仮象にすぎない。