トーマス・クーン
Thomas Samuel Kuhn『科学革命の構造』は著作権保護期間中のため、古典書房では翻訳テキストの販売を行っていません。このページはタイムライン上の参考情報として掲載しています。
略歴
オハイオ州シンシナティに生まれる。ハーバード大学で物理学を専攻し、1943年に学士号、1949年に物理学の博士号を取得した。大学院在学中に科学史・科学哲学へと関心が移り、以後その分野で研究を続けた。
カリフォルニア大学バークレー校、プリンストン大学を経て、マサチューセッツ工科大学(MIT)の教授として長く教鞭をとった。1962年に刊行した『科学革命の構造』は科学哲学・科学史の枠を超え、社会学・哲学・思想史全般に広大な影響を与えた。「パラダイム」という語を学術用語として定着させた著作としても知られる。
主要著作
- 1957年『コペルニクス革命』
- 1962年『科学革命の構造』
- 1977年『本質的緊張』
- 2000年『構造以来の道』(死後刊行)
『科学革命の構造』について
1962年に刊行された科学哲学の主著。科学は事実の積み重ねによって直線的に進歩するという従来の見方を批判し、科学の発展は「パラダイム」の転換によって不連続に進むという新しい見方を提示した。
「パラダイム」とは、ある時代の科学者共同体が共有する問題の立て方・解き方の枠組みである。科学者たちは通常、このパラダイムの内側で「通常科学」を営む。しかし解けない問題(異常)が蓄積すると、やがて旧いパラダイムは崩壊し、新しいパラダイムへの「革命」が起きる。コペルニクス革命、ニュートン力学からアインシュタイン相対性理論への転換がその例として挙げられる。
異なるパラダイムのもとでは、科学者たちは文字通り「異なる世界」に住んでいる——同じ物を見ながら、まったく異なる物を見ている。この「パラダイムの共約不可能性」という主張は大きな論争を呼び、相対主義の問題として今日も議論が続いている。
この書に沿って「物」を定義するとすれば
クーンにおいて、科学が扱う「物」は客観的に固定されたものではない。何が「物」として認識され、どのような性質をもつとされるかは、その時代のパラダイムによって決まる。パラダイムが変われば、物そのものが変わる。
定義文
『物とは、客観的に固定された実体ではなく、科学者共同体が共有するパラダイム——問いの立て方と解き方の枠組み——によって、その姿と性質を決められるものである。パラダイムが転換すれば、物は別の物として現れ直す。』
プトレマイオスの天文学者とコペルニクスの天文学者は、同じ夜空を見ている。しかし一方には地球の周りを回る太陽が見え、他方には太陽の周りを回る地球が見える。「惑星」という物の定義も、その運動の意味も、まったく異なる。物理学においても、「質量」や「力」や「エネルギー」という物の概念は、ニュートンとアインシュタインでは根本的に異なる意味をもつ。物は観察によって直接与えられるのではなく、パラダイムという枠組みを通じて構成される——カントの「認識が構成する現象」という主張を、科学の歴史という舞台で改めて示したものとも読める。