ヒューム
David Hume略歴
スコットランドの法律家の家庭に生まれる。父は早くに没し、母のもとで育った。12歳でエディンバラ大学に入学するが、法学の道には進まず、哲学・文学に傾倒した。16歳頃に哲学的な「新しい景観」を得たと後に記しており、この頃から主著の構想を温めていたとされる。
フランスのラ・フレーシュに移住して執筆に専念し(1734〜1737年)、28歳で『人性論』全3巻を刊行したが、ほとんど注目されなかった。その後エッセイ集や『道徳・政治論集』で名を広め、歴史家としても知られた。エディンバラ大学とグラスゴー大学の教授職には異端の疑いで就けなかった。晩年にはカントの「独断の眠り」を覚ました哲学者として知られ、今日では英語圏最大の哲学者の一人として位置づけられている。
主要著作
- 1739年『人性論』全3巻
- 1741年『道徳・政治論集』
- 1748年『人間知性研究』
- 1751年『道徳原理研究』
- 1779年『自然宗教に関する対話』(死後刊行)
『人性論』について
ヒュームが20代に著した主著で、「人間本性についての実験的推論方法を道徳的主題に導入する試み」という副題をもつ。全3巻(知性について・情念について・道徳について)から構成される。
すべての知識は印象(直接の感覚・感情)と観念(その複写)に由来するという経験論の徹底から出発する。因果関係は経験から導かれるのではなく、習慣から生じる期待にすぎないという分析は哲学史上の画期をなした。実体・自己・外界の物といった概念が印象に基づかない以上、その客観的実在は証明できないという懐疑論が展開される。
この書に沿って「物」を定義するとすれば
ヒュームにおいて、「物」という固定した実体は印象として与えられない。私たちが経験するのは個々の知覚の流れであり、実体という概念はその背後に何か不変のものがあるという根拠のない想定にすぎない。
定義文
『物とは、実体として固定的に存在するものではなく、経験のなかで現れる知覚の束が習慣によって一つのものとしてまとめられたものであり、「実体」という概念そのものが解体される。』
リンゴという物が存在すると言うとき、私たちは何に基づいてそう言うのか。赤い色の印象、丸い形の印象、甘い匂いの印象——これらの知覚が繰り返し連続して現れる。習慣によって、これらを一つのまとまりとして捉える傾向が生まれる。しかしその背後に、知覚から独立して存在する「物質的実体」があるという証拠は何もない。物とは、知覚の束を習慣が一つのものとしてまとめ上げたものにすぎない。「実体」という語は、この習慣的なまとめ上げに貼られた名前であって、それ以上のものではない。