ハイデガー
Martin Heidegger『存在と時間』は著作権保護期間中のため、古典書房では翻訳テキストの販売を行っていません。このページはタイムライン上の参考情報として掲載しています。著作権は2046年に消滅する予定です。
略歴
バーデン州の小村メスキルヒに生まれる。父は教会の樽職人兼小祭司であった。奨学金を得てフライブルクのギムナジウムに進み、神学・哲学を学んだ。1909年にフライブルク大学神学部に入学するが、翌年哲学部に転じた。フッサールの『論理学研究』との出会いが決定的な転機となった。
1915年にフライブルク大学の私講師となり、1919年よりフッサールの助手を務めた。1923年にマールブルク大学助教授、1928年にはフッサールの後任としてフライブルク大学の正教授に就任した。1933年にフライブルク大学学長となりナチス党に入党したが、翌年学長を辞任した。この時期の政治的関与は現在も論争が続く。戦後、一時的に教職を禁止されたが復帰し、フライブルクで研究を続けた。
主要著作
- 1927年『存在と時間』
- 1929年『カントと形而上学の問題』
- 1935年『形而上学入門』(講義録)
- 1950年『杣道』
- 1954年『講演と論文』
『存在と時間』について
1927年に刊行された、20世紀哲学を代表する著作。「存在の意味への問い」を根本問題として掲げ、この問いに答えるために人間的存在(現存在)の分析から出発する。未完の著作であり、予告された後半部は刊行されなかった。
物との関わりについては、「道具分析」が重要な位置を占める。私たちは物をまず「眺める対象(手前的存在者)」として出会うのではなく、「使う道具(手許的存在者)」として出会う。ハンマーはハンマーとして眺められるのではなく、釘を打つための手に馴染む道具として使われることではじめて本来の在り方を示す。道具の使用がうまくいかなくなるとき——ハンマーが壊れるとき——はじめて物は「ただそこにあるだけのもの」として際立って現れる。
この書に沿って「物」を定義するとすれば
ハイデガーにおいて、物を「眺められる対象」として最初に出会うという前提そのものが問い直される。私たちは物を使うことを通じてはじめて物と出会う。物の「ただそこにある」という在り方は、使用の挫折によって初めて際立つ。
定義文
『物とは、第一には眺められる対象ではなく、何かのために手元にあって用いられる道具であり、使用の連関のなかではじめて何であるかを得るものである。その用い方がうまくいかなくなるとき、はじめてそれは単に目の前にあるだけの客体として姿を現す。』
ハンマーを手に取って釘を打つとき、私はハンマーを見ていない。仕事に没頭しているとき、道具は「透明」になって手の延長として働く。しかしハンマーが重すぎるとき、柄が折れたとき、釘がないとき——道具の連関が滞るとき、はじめてハンマーは「ただのもの」として私の目の前に浮かび上がる。物の「客体」としての在り方は、使用の挫折という欠如の様態において現れる。物の根本的な在り方は客体ではなく道具であり、道具は常に他の道具との連関のなかにある。