デカルト

René Descartes

1596年3月31日 — 1650年2月11日
フランス王国トゥーレーヌ地方ラ・エー(現:デカルト市)生まれ

略歴

1596年、フランス中西部の小都市ラ・エーに生まれる。幼少期に母を失い、体が弱かったため、8歳でラ・フレーシュのイエズス会学院に入学した後も午前中の就床を許された。同学院で10年にわたりスコラ哲学・数学・自然学を修め、1614年に卒業。その後ポワティエ大学で法学の学位を取得した。

1618年、軍人として各地を転々とする生活を選ぶ。オランダ、ドイツ、ボヘミアなどを遍歴するなかで、1619年11月10日の夜、ドイツのノイブルクに滞在中に三つの夢を見る。デカルト自身がこの夜を、自らの哲学的使命を自覚した転機として記している。1628年以降はオランダに定住し、以後約20年にわたって著作に専念した。1649年、スウェーデン女王クリスティーナの招きでストックホルムへ渡ったが、翌1650年の冬、肺炎により53歳で没した。

主要著作

『省察』について

1641年にラテン語で刊行された、デカルト哲学の中核をなす著作。正式題名は『第一哲学についての省察、神の存在と魂の不死が証明される』。全六省察から構成される。

第一省察では、感覚・夢・悪霊という三段階の懐疑によって、これまで確かと思っていたすべてが疑わしいものとして退けられる。第二省察で「私は考える、ゆえに私はある」という確実な足場が見出され、精神の本性が確立される。第三・第五省察では神の存在が証明され、第四省察では誤謬の起源が扱われる。第六省察で、外界の物体の存在と、精神と身体の実在的区別が論証される。

この書は対話の形式をとらず、一人の思索者が六日間の省察を記した手記のように書かれている。懐疑から出発し、確実なものを積み上げて世界を再建するという運動の構造そのものが、本書の内容と不可分である。

この書に沿って「物」を定義するとすれば

デカルトにおいて、物の定義は論の到達点として置かれているわけではない。省察は、確実な認識の土台を求めて疑いを進め、精神の存在を確立し、神の存在を証明し、精神と身体の実在的区別を示すという運動の構造をもつ。物がどのようなものかという問いは、この運動の末に、物質的なものの本性として扱われるにとどまる。

定義文

『物とは、広がりを本性とし、精神なしに存在できる実体であり、感覚によってその存在を知り、精神によってその本性を把握するものである。』

感覚はこれまで何度か私を欺いてきた。蜜蝋を火に近づけると、形が変わり、色が変わり、香りが失せ、音も変わる。感覚に現れたものはすべて変わった。しかし蜜蝋は同じものとして残る。残るものは何か。空間を占め、大きさと形をもち、動きうるという性質のみである——これが『広がり』である。この残るものは感覚では分からない。精神のみが知ることができる。

しかし広がりをもつものが実際に存在するかどうかは、この時点ではまだ分からない。物の本性が認識されたとしても、物の存在は別の問題である。第六省察において、神は欺かない存在として証明され、物質的なものへの強い自然的傾向性が私に備わっている以上、物体は存在すると論証される。物質的なものの本性の根底にあるのは広がりである。精神は考えるものとして把握される。物体は広がりをもつが考えない——両者の本性は実在的に区別される。

生没年・略歴は一般的な資料に基づく。