バークリ
George Berkeley略歴
アイルランドの英系プロテスタントの家庭に生まれる。キルケニー・カレッジを経て、1700年にダブリンのトリニティ・カレッジに入学。1704年に学士号、1707年に修士号を取得し、同カレッジのフェロー(研究員)となった。この時期に主要著作のほぼすべてを著した。
1713年にロンドンへ渡り、スウィフト、スティールら文人と交流した。その後イタリアへの旅やアメリカ・バミューダへの渡航計画(キリスト教普及学校の設立を目指したが資金難で挫折)など波乱に富んだ中年期を過ごした。1734年、クロイン(アイルランド)の主教(ビショップ)に任命され、以後18年間その職にあった。1752年にオックスフォードへ移り、翌年没した。
主要著作
- 1709年『視覚新論』
- 1710年『人知原理論』
- 1713年『ハイラスとフィロノウスの三つの対話』
- 1732年『アルキフロン』
『人知原理論』について
バークリ25歳のときに刊行された主著。「人間知識の諸原理について」というタイトルが示すとおり、私たちは何をどこまで知ることができるかを根本から問い直す著作である。
中心的な主張は、心の外に独立して存在する物質的実体など存在しないというものである。私たちが「物」と呼ぶのは、色・形・固さ・音・匂いといった感覚的性質の集まりにほかならず、それらは知覚される以外の仕方では存在できない。「在るとは知覚されることである(esse est percipi)」という命題がこの書の核心をなす。誰にも知覚されていない物が存在し続けるのは、神という無限の知覚者が常にそれを知覚しているからである。
この書に沿って「物」を定義するとすれば
バークリにおいて、心の外に独立した物質的実体があるという想定は、一切の根拠をもたない。私たちが知ることができるのは観念だけであり、物質そのものを知覚することはできない。したがって「物質」という概念は空虚である。
定義文
『物とは、心の外に独立して在る物質的実体ではなく、色・形・固さといった感覚的性質すなわち観念の集まりにほかならず、知覚されることなしには在りえない。在るとは知覚されることである。』
リンゴを見る。赤い色がある、丸い形がある、甘い匂いがある、固い手触りがある——これらはすべて観念である。これらの観念の集まりを、私たちは「リンゴ」と呼ぶ。しかし観念の背後に、これらを引き起こしている物質的実体があると考える必要はない。物質的実体を想定しても、それは知覚できない以上、その存在を証明する手立てはなく、それを取り除いても何も失われない。誰にも見られていないときもリンゴが存在し続けるのは、神の心のなかで知覚されているからである。